錆との戦いは今日も続く

日産パオの走行距離、44万㎞を超えました・・・

千秋楽で負け越した炎鵬の相撲が面白かった・・・

実は長らく相撲好きです。一昨年は母を連れて九州場所を見に行ったりしました。

『最近、個性的な力士が減ったなぁ…』と思っていたら、イイのが出てきました。

 

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炎鵬

今場所新入幕の炎鵬関(↑)。

本日千秋楽に大熱戦の末敗れてしまい、残念ながら負け越しとなりましたが、来場所も幕内には残りそうです。

炎鵬はかつての舞の海を思い起こさせるような小柄な業師。相撲の醍醐味のひとつは小さな力士が大きな力士に立ち向かうこと。9日目までに7勝を上げましたが、今場所後半戦で緊張、怪我、不運など重なり、結局8敗してしまいました。。。

右太ももの怪我が治れば良いのですが、心配ですね。

 

ちなみに炎鵬の本名は、中村友哉。

“炎鵬”というしこ名は白鵬に付けてもらったようですが、それならば通常は“炎鵬友哉”となるはず。

ところが炎鵬は現在 “炎鵬 ” と名乗っています。

その理由は、11年前に18歳の若さで事故により亡くなった“北 晃さん”から“晃”の名を頂いているとのこと。炎鵬と北さんは金沢市で育ち、地元の相撲少年団で知り合っています。年齢は北さんが4歳上だが、切磋琢磨(せっさたくま)しながら2人で実力を付けていったようです。
 「お互い小柄で稽古(けいこ)し合うにはちょうど良かったのかも」と北さんの父 稔さん(66)。炎鵬関の母由美子さん(58)は「(北さんは)大柄な子に勝つこともあった。友哉(炎鵬関)にとって最初の目指すべき存在だったと思う」と振り返っています。
 互いの家に泊まるほど仲が良かった2人。2008年7月、北晃さんは未明の交差点でバイクを運転中、右折してきた乗用車と衝突して亡くなっています…。当時中学2年だった炎鵬関に届いた悲報。由美子さんは「兄のように慕っていたから……」と心中を思いやります。
 金沢学院大から横綱白鵬にスカウトされて角界入りした炎鵬関。当初は自身の本名から、しこ名を「炎鵬友哉」としていたのですが、すぐに「晃」と改名することを決めました。17年3月の初土俵前、由美子さんからの電話で炎鵬関の思いを知った北さんの母弘子さん(58)は「買い物中だったけど泣きそうになって……」。心遣いに胸がいっぱいになったといいます。

 

 そんな話を聞くと俄然応援したくなりますが、かと言って私は体の大きな力士を敵視するわけではありません。とにかく個性的な力士が増えた方が面白いと思っているので、最近では千代丸なんてのも好きですね。

 ※九州場所で撮影(↓) 

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千代丸

ここ数年、稀勢の里も応援していたのですが、残念ながら引退してしまい、寂しい思いをしていたところです。。。

(引退はしたけれど、東京オリンピックの開会式で横綱土俵入りを見せて欲しい…) 

 

 ところで今日はアメリカから面倒くさいおっさん(↓)が来てましたね…。他のお客さんには迷惑だったかも。

 他国の文化とか理解できるんかな…

 

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 ※急に相撲の話題で御免なさい。

 宇良関の復活も心待ちにしています。

 

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