虐待対応件数159850件の意味
厚生労働省は2018年度に全国の児童相談所(児相)が対応した児童虐待の相談件数(速報値)が前年度比19.5%増の15万9850件で過去最多を更新したと公表しました。心理的虐待で警察からの通告数が増えたことが要因とみられます。同省は「過去最多になったことは重く受け止め、6月の児童福祉法改正に伴う対策強化を着実に進めたい」としていますが、毎年同じようなことを言っています。
虐待対応件数は28年連続で増加しております。
児童数自体は年々減っているにもかかわらず、です。
しかもそのグラフは増加の角度が急になってきており、まだまだ増加の傾向は続くものと思われます。(↓)
2018年度は前年度比19.5%増。
世間の反応は様々ですが、
① 児童相談所など行政の対応を批判するもの
② 統計上増えただけで実際の虐待件数は増えていないと考えたがるもの
③ 多機関や地域住民の力を合わせて対応すべきとするもの
④ 児相の職員を増やしたり専門資格を持つ職員を採用すべきというもの
・・・・などありますが、これらは実は20年以上前から言われているものです。
① 児童相談所など行政機関への批判について
テレビ等のマスコミで自動の死亡事件などが取り上げられるたびに、児童相談所や市役所、教育委員会などの対応についての批判報道が繰り返されます。確かに批判されても仕方のない例もあります。そもそも税金から給金を得ている公務員そのものへの反感を持っている人も少なからずいます。しかし、20年間で20倍にも膨れあがった虐待通告に対し、職員体制が20倍になるわけもなく、虐待の専門家と言える人間が増えることも無く、しかも全国自治体の財政難もあり公務員数自体は減少傾向にある現実で、レベルの高い虐待対応がすべての自治体で漏れなくできるとは思われません。批判は必要ですが、それだけで解決するものでもなさそうです。
② 本当に児童虐待は増加しているのか?
実はこれには少々検証が必要です。
ひとつには、“通告をしやすくする流れ”が拡がっていることもあります。
たとえば、短縮ダイヤル189の設置により、(十分ではないにせよ)以前より通告の窓口が拡がったことは確かです。また、マスコミが『通告は国民皆の責務』とアナウンスすることも影響しているかもしれません。
しかし、実はこの“虐待対応件数”・・・統計の取り方が年々変わっております。
(※統計というものは、件数カウントの基準が途中で変わっては意味をなさないのですが、厚生労働省はよく“ルール”を変えてしまいます。サッカーのゴールサイズがある年から大きくなってしまうと、過去の偉大な選手の記録との比較が意味を失うのと同じようなものです…)
大きい変更点として【ひとり身体的虐待で認定した場合、そのきょうだいすべてについても“自動的に”心理的虐待として認定する】というルールが、ある年(※7年位前だったかな)の年度途中から導入されたことがあり、全国の児童相談所は国に対して反発したり意見を申したりしたのですが、国は『決まったことなので』との返答。
(年度途中からの統計ルール変更は珍しいと思われます)
別の変更点として、例えば激しい夫婦喧嘩などで110番通報があった場合に、警察はそれを児相へ通告することになっており、調査の結果、“子どもの面前で夫婦喧嘩”をした場合には“面前DV”として心理的虐待件数に含まれるようになっております。
面前DVが子どもの心に悪い影響を及ぼすことは様々な研究結果からも証明されてきていることなのですが、よくある夫婦喧嘩でも近隣住民が110番すればその情報が警察どまりとはならず行政機関に届き、調査(※捜査ではない)が行われます。このために費やされる時間と人員労力の積み重ねは、年間統計16万件にまで押し上げる大きな要因となっており、本来の重篤な虐待に費やすべき労力が削られてしまうのが現実です。
とはいえ、支援現場で働いていた者の実感としても、統計マジックのレベルではなく、確かに“虐待”そのものの数が増加しているというのも否定できない事実です。
③ 児童相談所だけでは無理なので多機関で対応しましょうという路線
『被害にあっている子どもたちを助けたい』という善意を持っている人は世の中にたくさんいます。多くの人の力を合わせる、という路線が間違っているとは思われません。実は過去にも国は多機関連携の重要性を唱えたり、【軽微な虐待は児童相談所ではなく市役所へ通告】、あるいは【一義的な通告先は市町村役場】と言ったりしたこともあるのですが、重篤かどうかは調査を進めてみなければわからないことであったり、単なる夫婦喧嘩であってもその物音を毎日聞かされる近隣住民にとっては“軽微”云々ではなく“より強制的な対応”を求めるものであったりするために、このシステムがうまくいったことはありません。特に死亡事件などに至った例ではマスコミはどうしても“犯人捜し”のような論調で行政機関を責めるために、未然に責任逃れをしたいという傾向が様々な機関の本音として生まれてしまうのも現実です。
多機関連携の内容として近年は【福祉と司法の連携】の方向がうたわれる傾向にあります。このひとつとして、児童相談所に警察OBを配属する、あるいは大都市の児童相談所にはすでに弁護士を配置したところもあります。
しかし、これを全国の自治体で進めたところで、急増する通告に対応しきれるものではありません。【件数の増加】への対応は、根本的なシステム変更を考えるしかないのです。
④ 職員数を増やしたり専門職員の配置を進める
実は地方公務員数が削減される中でも児童相談所の職員は年々、微増の傾向にあります。このために県税事務所、土木事務所、農林事務所・・・いくつもの他の機関の人員が削られるケースも出てきています。
しかしそれでも【虐待件数の急増】に対応できるほどの人員増は無理なのでしょう。通告が20倍に増えても人員数が20倍に増えるわけもありません。
また、専門職員の配置は重要で喫緊の課題なのですが、例えば国家資格である社会福祉士や精神保健福祉士の資格を持っている人員は全国の児童福祉司のごく一部にとどまります。そもそも、まずは“地方公務員”として採用されることがスタートであり、多くは3年おきの転勤システムの中で、児童福祉の経験の乏しい人間が本人の希望を無視したかたちで配属されるわけですが、かといって民間の社会福祉士や精神保健福祉士が自ら児童福祉士の任を担うことを希望しているという話はありません。
弁護士や児童精神科医を配属、という案も以前からでており、少しずつ対応箇所が増えてきておりますが、まだまだ不十分です。この国にはそもそも児童虐待の“専門家”などはとても少ないのでしょう。これから何十年もかけて育成するのでしょうか? 無理だと思います。
日本の常識は世界の非常識
そもそも、福祉で対応する日本の考え方は諸外国と同じなのでしょうか?
例えば、12歳未満の子どもを家でひとりで留守番させるだけで親が逮捕される国も多くあります。(日本で同じようにするのは現実的ではありませんが)
日本の児童福祉法では、児童相談所が子を施設(あるいは里親)に預ける場合、一時保護については職権で可能ですが、その後正式に委託するとなれば、原則として“親権者の同意”が必要になります。これは日本独特の“親権”というものが法律で認められているためでもあります。(※居所指定権)
重篤な虐待の場合に、親が素直に同意するケースは稀でしょう。
むしろ暴力的な手段に訴えてでも行政機関を攻撃する親も多いのです。
措置権は児童福祉法第27条に規定されておりますが、親権より弱いのです。
親権者の意向に反してでも親子分離する方法として同法第28条もあるのですが、これを効果的に進めるためには全国200か所以上の児童相談所すべてに弁護士配置が必須です。(そんな予算は国にも地方自治体にもないはず。そもそも協力してくれる弁護士が存在しない地域もあるはず)
なにか根本的なシステムや考え方の変更が求められているように思います。
つい先日、茨城県中央児童相談所が子どもを保護したケースでは、その親族5名が大暴れして逮捕に至ったおりますが、警察も対応が後手後手に回った事実があったようです。
全国的にも行政職員が刺されたり殴られたりという被害にあうケースが出てきております。重篤な虐待だと判明した時点で、対応の主務機関を福祉の行政機関ではなく、警察や家庭裁判所などの司法が担うようにした方が良いと思います。
日本の法律や制度は硬直化し、しかもガラパゴス化しております。