錆との戦いは今日も続く

日産パオの走行距離、44万㎞を超えました・・・

アナログ好き人間が思う自動運転の功罪

昨今、高齢者が引き起こす交通事故の話題が絶えません。

高齢者の車の事故のイラスト

アクセルとブレーキの踏み間違え、高速道路の逆走など、死亡事故に至る場合もあり、マスコミの格好の標的(鬼の首でも取ったように)にもなっていますが、実際に被害に遭われた方やその家族の苦しみを思うと、たしかに何かしらの対策が必要にも思います。

『事故を起こすのは高齢者だけではない』

『踏み間違えは必ずしも認知症など老化の問題だけではなく、若者にもありうる運転技術の未熟さの問題だ』

『都市圏では免許の返納が可能かもしれないが田舎では車なしでは生活がなりたたない』・・・などの議論もありますが、運転者が高齢者であろうが若者であろうが、事故率を減らす試みは必要なのだろうと思います。

(実は私の父も生前、アクセルとブレーキの踏み間違え事故(※被害者なし)を起こしたことがあります…)

 そこで今、自動運転の技術開発が注目されているところですが、私が生きている間にこれが実用化されるのか、個人的には疑問に感じております。

 

 私が子どもの頃(昭和50年代)、当時の雑誌には『リニアモーターカーの実現はもうすぐ!』との記事がたくさん見られましたが、未だに試験走行ばかりが繰り返され、実用化に至っておりません。

 

 車の自動運転についても、車そのものの開発だけでなく、“道路のあり方をどうするのか?”ということを抜きにしては実現しそうにありません。真っ正面に置かれた壁にぶつからないようにする自動ブレーキの技術はもう実用化されていますが、これが“自動運転”のレベルを求めるとなると、様々な困難が伴うそうです。

 細い路地から急に飛び出す子どもを跳ねてしまわないためには、すべての日本人の細かな位置情報をマイクロチップ埋め込みなどでGPS対応化し把握しておく必要もあるそうですが、そんな世の中は少し怖い気もします・・・。

 そもそも、私のような古い人間(車はいまだにマニュアルです)にとっては、何もかもを自動にしてしまうことへの抵抗感もあるのです。

 

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OLYMPUS XZ-1

常識を疑ってみる

 まず実現可能なことは何なのか? 常識を疑ってみることも必要かもしれません。

そもそも、マニュアルよりオートマの方が危険なのではないか?

 マニュアルであれば、踏み間違えの確率は大きく低下していたのではないか?

 オートマ車の、アクセルとブレーキの配置(横に並んでいる)を当たり前を思っていたが、バイクのように、アクセルとブレーキの場所を分離してはどうか?

 ぶつかっても死亡事故になる確率を減らすために、後期高齢者が運転する車は原付と同じくらいの速度しかでないものにしてはどうか?

 そもそもボディを柔らかい素材にしてはどうか?

 

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OLYMPUS XZ-1

 荒唐無稽なものも含め、今こそ日本人がアイデアを出すときではないか、と勝手に妄想してみたりもしました・・・。

 (楽しくない車はイヤだけどね・・・) 

 自動運転カーに乗る人のイラスト

 

 

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